文の練習

ちょっと真面目なひとり言

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例えば韓国のチョガッポ(ハギレで作ったパーチワーク風の布)は古くは衣服や寝具を縫った時に出てしまう余り布を無理にでも繋ぎ合わせて、1枚の布にしたものである。もったいない精神に加え、楽しんで形にしたのであろう先人のお洒落心が効いていて、単なるリサイクルではなく美の仕事として残っているところが素晴らしい。元来ハギレがないとチョガッポは出来ないのだ。そんな成り立ちを考えてみると、今あえてそれを作るなら、反物から布を切り刻んでパッチワークするのは順序が逆で、チョガッポとは言えない気がするし、デザインとしても結果的に好きなものが少ない。布が好きで、素材が好きで、欠片さえ捨てたくないからこその布仕事、だと思うのだ。そこには愛があるはずだ。

仕事としてものを作ったり、売ったり、買ったりする上では、そんな必然性が私にとって大事だったりする。究極はセンス云々ではなくて、精神に寄り添って生まれたものは感じが良い。もちろんそこには曖昧ではない美が残らねばならないのだけれど。難しい。自分自身はものを作り出せない人間なので、だからこそ、誰かが楽しく、あるいは苦しみながらも生み出した必然的な美に心を動かされる。簡単ではないがシンプルな事だ。純粋性こそ才能である、というジャニーさんの精神を受け継ぐ者としてここに記す。

これは友人のお母さんが古い絹のハギレを無駄なく繋ぎ合わせてくれたチョガッポ。時代の欠片をこのような形でいただけてありがたく思う。どこかでこんな余り物を見つけたら、この話を思い出していただけると嬉しい。